2010年11月12日 09:38
2009年11月07日 14:31
群衆の中でたった1人だけが目の中に飛び込んでくる。
そんな時がある。稀に。いつもおこる訳ではない。それはたまにしかおこらないし、それを予想していない時におこる。
リサはその夜、そもそも出かけること自体躊躇していた。ダラスからコンベンションのために訪れた取引先を一週間アテンドしたのでくたくただったのだ。けれど、友達がしつこく誘ってくれるのでしかたなく準備を始めた。
キツく束ねていた髪の毛をほどき、熱いシャワーの中に飛び込む。
ラベンダー・オイルを体にすりこみ、大きく息を吸い込む。
目をキツくつぶって、あける。
★ ★ ★
[完璧な彼女]の登場
慌ただしく動く喧噪の中、彼女の動きだけがスローモーション。まるで誰かを探しているみたいに、ゆっくりと視線を動かしている。…そしてその視線は、リサの上で止まった。完璧な彼女がリサを見ている。それとも、他の誰かを見ているのだろうか。高まる緊張。息が止まりそうになる。その次の瞬間、彼女は整った顔を崩し、リサにむかって微笑んだ。もう見間違いようがない。完璧な彼女はリサに笑いかけている。高なる動悸をおさえながら、微笑み返すと、彼女は何かを企むかのようにトイレの方を指さし、そちらへ歩き出した。
なに、あれ。フック・アップしようってこと?
友人の意見を聞こうと、隣を見るが、彼女は今のシーンを見逃したらしく、ぼーっと人ごみを眺めている。
「ねえ…!」
「うん?」
振り向いた友人のぼんやり表情をみた瞬間、リサはとっさに考えていたのとは違う行動に出ていた。
「私、トイレに行ってくる!」
★ ★ ★
ダンスフロアからトイレに向う通路に、彼女は立っていた。リサが来るのをわかっていたようにまっすぐリサを見ている。「待ってたわ」というかのように、微笑んでいる。
身近で見る彼女は、やはり完璧。
蜂蜜をかけたトーストのように滑らかに光る日焼けした肌に、真っ白なドレス。
声が震えないように手をあげて合図すると、彼女は笑ってその手を取った。
彼女の肌から立ち上る、甘い香りが鼻先をくすぐり、リサは気が遠くなりそうになるのを、必死で堪える。
ああ。
なんて完璧な展開。
★ ★ ★
彼女が殴り書きで番号を書き付けたペーパーナプキンをタイトなジーンズのポケットから取り出す。破けないように注意しながら。ゆっくりと携帯メールを打ち込んだ。
「私、リサ。今日はあなたと出会えて嬉しかった」
送信ボタンを押す。
...sending...sent.
リサは満足そうに笑って目を閉じる。
★ ★ ★
空に浮かぶ丸い月
川の向こうにいる子からも
同じように見えているのか
★ ★ ★
寝返りを打つ。
窓の外には満月。
彼女の顔が忘れられない。
スケッチブックを広げる。
完璧だった彼女のことが忘れられない。
彼女との時間を思い出しながら、イラストを描いた。濃くて柔らかな鉛筆で描く。色もつけた。リサは絵を描くのが好きで、スケッチをSNSによくイラストをアップしていた。リサの"my art"アルバムには、自らが書いた椰子の木のスケッチだの、自分でデザインしたハローキティー風のオリジナルキャラクターだのがアップされていた。
リサはそこに完璧な彼女のイラストをアップした。実際に、彼女と金曜日に出会ったことは伏せて。単にいつものイラストのようなつもりで、アップした。
★ ★ ★
完璧な彼女と別れ際に交わした言葉をリサは覚えている。
「誰にでも電話番号を教える訳じゃないわ。教えてもいいって思う相手じゃないと教えないことにしているの。特別なものを感じた相手…特別な時間を過ごせた相手とだけ交換することなのよ」
「電話してね」
脳内で際限なくこだまする彼女の最後の声に導かれるように、リサは電話を取り出し、通話ボタンを押す。
コール音。
動悸がわずかに早くなる。
1回、2回、3回…
リサは唇を軽く噛む。
4回、5回、6回…
ほんの少し強く受話器を耳に押しつける。
7回、8回、9回…
いくら鳴っても、誰も答えない。
留守電にもならない。
義務を果たしたような、ほっとした気分で、リサは電話を切る。
★ ★ ★
ブラウザのツールバーを目にすると、SNSのコメントがたくさん来ているという通知が見える。例の「完璧な彼女」のイラストへのコメントだ。
「うまい」
「最高」
「超似てる!」
「よく特徴を捉えているね」
「wwww」
…数人の友達が、リサのイラストにコメントをしている。目を通したリサは何度か瞬きをしてもう一度読み返す。「超似てる?」「よく特徴を捉えている?」頭の奥でどろりとした液体が移動しているのを感じる。めまいの予感。
★ ★ ★
数秒の空白
ゆっくり起きる
日曜日の朝
★ ★ ★
携帯電話を取り出す。
メールの返事は来ていない。
リダイアル画面を呼び出す。
あの子の…番号は…。
携帯電話を耳に押しつける。痛いほどに。
The number you have dialed is no longer in service...(おかけになった電話番号は現在使われておりません)
もう一度かけなおす。落ち着け。
ゆっくりと、通話ボタンを押す。
The number you have dialed is no longer in service...(おかけになった電話番号は現在使われておりません)
何がなんだかわからない。
ツールバーに、また通知が来ている。
「マイクが、リサを、一つの画像にタグづけしました」
画像を開く。
画面を見つめる。
完璧な彼女の完璧なイラスト。
そう、彼女だ。
そしてその画像につけられているタグ。
in this photo: Lisa
リサは、急に回りだした世界が止まってくれるよう祈りながら目をつむる。
-了-
そんな時がある。稀に。いつもおこる訳ではない。それはたまにしかおこらないし、それを予想していない時におこる。
リサはその夜、そもそも出かけること自体躊躇していた。ダラスからコンベンションのために訪れた取引先を一週間アテンドしたのでくたくただったのだ。けれど、友達がしつこく誘ってくれるのでしかたなく準備を始めた。
キツく束ねていた髪の毛をほどき、熱いシャワーの中に飛び込む。
ラベンダー・オイルを体にすりこみ、大きく息を吸い込む。
目をキツくつぶって、あける。
★ ★ ★
[完璧な彼女]の登場
慌ただしく動く喧噪の中、彼女の動きだけがスローモーション。まるで誰かを探しているみたいに、ゆっくりと視線を動かしている。…そしてその視線は、リサの上で止まった。完璧な彼女がリサを見ている。それとも、他の誰かを見ているのだろうか。高まる緊張。息が止まりそうになる。その次の瞬間、彼女は整った顔を崩し、リサにむかって微笑んだ。もう見間違いようがない。完璧な彼女はリサに笑いかけている。高なる動悸をおさえながら、微笑み返すと、彼女は何かを企むかのようにトイレの方を指さし、そちらへ歩き出した。
なに、あれ。フック・アップしようってこと?
友人の意見を聞こうと、隣を見るが、彼女は今のシーンを見逃したらしく、ぼーっと人ごみを眺めている。
「ねえ…!」
「うん?」
振り向いた友人のぼんやり表情をみた瞬間、リサはとっさに考えていたのとは違う行動に出ていた。
「私、トイレに行ってくる!」
★ ★ ★
ダンスフロアからトイレに向う通路に、彼女は立っていた。リサが来るのをわかっていたようにまっすぐリサを見ている。「待ってたわ」というかのように、微笑んでいる。
身近で見る彼女は、やはり完璧。
蜂蜜をかけたトーストのように滑らかに光る日焼けした肌に、真っ白なドレス。
声が震えないように手をあげて合図すると、彼女は笑ってその手を取った。
彼女の肌から立ち上る、甘い香りが鼻先をくすぐり、リサは気が遠くなりそうになるのを、必死で堪える。
ああ。
なんて完璧な展開。
★ ★ ★
彼女が殴り書きで番号を書き付けたペーパーナプキンをタイトなジーンズのポケットから取り出す。破けないように注意しながら。ゆっくりと携帯メールを打ち込んだ。
「私、リサ。今日はあなたと出会えて嬉しかった」
送信ボタンを押す。
...sending...sent.
リサは満足そうに笑って目を閉じる。
★ ★ ★
空に浮かぶ丸い月
川の向こうにいる子からも
同じように見えているのか
★ ★ ★
寝返りを打つ。
窓の外には満月。
彼女の顔が忘れられない。
スケッチブックを広げる。
完璧だった彼女のことが忘れられない。
彼女との時間を思い出しながら、イラストを描いた。濃くて柔らかな鉛筆で描く。色もつけた。リサは絵を描くのが好きで、スケッチをSNSによくイラストをアップしていた。リサの"my art"アルバムには、自らが書いた椰子の木のスケッチだの、自分でデザインしたハローキティー風のオリジナルキャラクターだのがアップされていた。
リサはそこに完璧な彼女のイラストをアップした。実際に、彼女と金曜日に出会ったことは伏せて。単にいつものイラストのようなつもりで、アップした。
★ ★ ★
完璧な彼女と別れ際に交わした言葉をリサは覚えている。
「誰にでも電話番号を教える訳じゃないわ。教えてもいいって思う相手じゃないと教えないことにしているの。特別なものを感じた相手…特別な時間を過ごせた相手とだけ交換することなのよ」
「電話してね」
脳内で際限なくこだまする彼女の最後の声に導かれるように、リサは電話を取り出し、通話ボタンを押す。
コール音。
動悸がわずかに早くなる。
1回、2回、3回…
リサは唇を軽く噛む。
4回、5回、6回…
ほんの少し強く受話器を耳に押しつける。
7回、8回、9回…
いくら鳴っても、誰も答えない。
留守電にもならない。
義務を果たしたような、ほっとした気分で、リサは電話を切る。
★ ★ ★
ブラウザのツールバーを目にすると、SNSのコメントがたくさん来ているという通知が見える。例の「完璧な彼女」のイラストへのコメントだ。
「うまい」
「最高」
「超似てる!」
「よく特徴を捉えているね」
「wwww」
…数人の友達が、リサのイラストにコメントをしている。目を通したリサは何度か瞬きをしてもう一度読み返す。「超似てる?」「よく特徴を捉えている?」頭の奥でどろりとした液体が移動しているのを感じる。めまいの予感。
★ ★ ★
数秒の空白
ゆっくり起きる
日曜日の朝
★ ★ ★
携帯電話を取り出す。
メールの返事は来ていない。
リダイアル画面を呼び出す。
あの子の…番号は…。
携帯電話を耳に押しつける。痛いほどに。
The number you have dialed is no longer in service...(おかけになった電話番号は現在使われておりません)
もう一度かけなおす。落ち着け。
ゆっくりと、通話ボタンを押す。
The number you have dialed is no longer in service...(おかけになった電話番号は現在使われておりません)
何がなんだかわからない。
ツールバーに、また通知が来ている。
「マイクが、リサを、一つの画像にタグづけしました」
画像を開く。
画面を見つめる。
完璧な彼女の完璧なイラスト。
そう、彼女だ。
そしてその画像につけられているタグ。
in this photo: Lisa
リサは、急に回りだした世界が止まってくれるよう祈りながら目をつむる。
-了-
2009年11月07日 11:13
本日のテーマは「隠れた才能」でした。
ラジオって毎回オーガズムに達するかどうかわからないセックスみたいなもんですね。
来週もよろしく!
ラジオって毎回オーガズムに達するかどうかわからないセックスみたいなもんですね。
来週もよろしく!
2009年11月05日 10:55
■メイン州の敗北
2009年11月3日、メイン州でQuestion 1が通り、今年合法化されていた同性婚ができなくなった。同性カップルの婚姻する権利は民衆の多数決によって剥奪された。1年前の今日-2008年11月4日-カリフォルニア州においてProposition 8が通り、同年最高裁の判断により合法になっていた同性婚が不可能になったことを思い出させる。
1年前の悔しさと悲しさが蘇る。
私が強く言いたいことはたった一つ。
カリフォルニア州だろうが、メイン州だろうが、日本だろうが、少数派の権利保障を十分な討議を経ないまま「住民投票」などという最も原始的な直接民主主義の手段に任せることがオカしい。少数派の権利保障は、司法府または立法府によって成し遂げられるべきである。
■オバマの責任とオバマの微妙な立ち位置
このブログでも何度か書いてきたが、オバマ大統領は同性婚に反対であり、「平等を支持する」とは言うものの、メイン州の住民投票においても、明確に立ち位置を明言することを避けていた。そして、オバマ大統領は自らの肖像や言葉が、同性婚禁止派から利用されることを黙認していた。
これらの態度は1年前のカリフォルニア州でのProp 8の時から一貫していた。当時はまだ大統領候補であり、自らの当選を確実にするために、同性婚についてバッシングを招くような行動を控えたというのは理解できないでもない。が、今大統領の座にあるオバマが以上のように婚姻の平等が奪われることを黙認していたのは、批判されてもしかたない。
実際、今回の選挙結果をうけて、さっそくオバマに宛に行動を促す署名が集められている。経済危機、健康保険改革、戦争…多くの問題を抱えるオバマ政権にとって同性婚は確かに一つの“小さな問題”にすぎないかもしれない。だが、私はオバマがセクシャル・マイノリティの権利を忘れてほしくないし、常にそれをリマインドし続けるのがアクティビストの仕事だと思う。この“小さな問題”はオバマにとって鬼っ子であり、下手に足をつっこむと一気に攻撃されるし、何もしなくても攻撃されるやっかいなものなのは理解している。今回の選挙では、共和党が善戦し、オバマ政権は今後苦労が予想されるが、なんとか頑張ってほしい。
■アメリカ人の反応
全てではないが、今回の投票結果をうけて、メイン州を「意地悪」だと言ってみたり、「メイン州最悪」といってみたり、宗教右派を「頭の固い狂信者」と呼んだりしている人がネット上で目立った。(有名ブログや大きいメディアなどではなく、ついったーSNSなどでの一般人の生の声)
「No on hate(憎悪にノー:同性婚賛成派がしばしば掲げるスローガン)」をスローガンとするのであれば、自分たちと意見を異にする人々に対して「haters!」「bigots!」と罵倒を投げかけることは、まさしくそのスローガンと矛盾する行為であり、見ていて見苦しい。
こーゆーのがアメリカ人の芸風かもしれないが、私としてはこういう態度に違和感を覚えるし、何の解決にもならないと思う。
確かに、住民投票にむけて活発に働いたのは宗教右派であったし、実際選挙は多くの教育のお金によって支えられた。しかし、それでも各地で行なわれる住民投票では常に過半数の人々が同性婚に「ノー」と言っている。この事実とどう向き合い、そしてそれをどう受け止めるかが重要だと思う。実際同性婚に反対している人の理由は様々であり、彼ら全てが「hater(憎しみを持つ者)」「bigot(偏屈者、頑固者、狂信者)」ではないのだから、そう決めつけてアプローチすることは人々の心を変えるのに役に立たないだろう。
■今後どうすればいいのか
これまで通り、コツコツと理解を深める活動(身近な人へのカムアウトや個人的な体験談の共有、地域での教育的活動、更には政治家への働きかけ、ポップカルチャー、アート、セレブリティを利用とした感情的働きかけ…など)が重要なことに変わりはない。個人的にもそういう活動は続けるだろう。オバマ大統領やオプラ・ウィンフリーなど、「ゲイフレンドリーだが、現在はゲイリブに積極的でない影響力の強い人々」がもっと積極的に動けば、人々の心も大きく変わるだろう。
…といっても、私はもはや社会の多数派の心を一人一人変えていって投票で守ってもらおうということにはあまり期待していない。前半に書いたように、住民投票で少数派の権利が守られるということ自体ほぼないと思うし、同性婚に関して言えば、将来的にそれは不可能ではないとは思うが、あえてそれを狙っていくのは妙な戦略だと思う。
ある種のマイノリティは、どう頑張っても絶対にマジョリティにはなれないし、過半数の支持も得られないだろう。そして、たとえそうだとしても、その時にそのマイノリティの権利を保障する「仕組み」が必要なのであり、それこそ私たちが求めるべきものだと思うからだ。
結局これは「人権」の問題であり、「法の下の平等」についての話なのだ、ということをロジックで理解させるしかない。それを社会の仕組みを作っている一部の人間に理解させることが必要。具体的には、司法が大きな役割を果たすだろう。黒人公民権運動において、裁判が大きな役割を果たしたように。
2009年11月3日、メイン州でQuestion 1が通り、今年合法化されていた同性婚ができなくなった。同性カップルの婚姻する権利は民衆の多数決によって剥奪された。1年前の今日-2008年11月4日-カリフォルニア州においてProposition 8が通り、同年最高裁の判断により合法になっていた同性婚が不可能になったことを思い出させる。
1年前の悔しさと悲しさが蘇る。
私が強く言いたいことはたった一つ。
カリフォルニア州だろうが、メイン州だろうが、日本だろうが、少数派の権利保障を十分な討議を経ないまま「住民投票」などという最も原始的な直接民主主義の手段に任せることがオカしい。少数派の権利保障は、司法府または立法府によって成し遂げられるべきである。
■オバマの責任とオバマの微妙な立ち位置
このブログでも何度か書いてきたが、オバマ大統領は同性婚に反対であり、「平等を支持する」とは言うものの、メイン州の住民投票においても、明確に立ち位置を明言することを避けていた。そして、オバマ大統領は自らの肖像や言葉が、同性婚禁止派から利用されることを黙認していた。
これらの態度は1年前のカリフォルニア州でのProp 8の時から一貫していた。当時はまだ大統領候補であり、自らの当選を確実にするために、同性婚についてバッシングを招くような行動を控えたというのは理解できないでもない。が、今大統領の座にあるオバマが以上のように婚姻の平等が奪われることを黙認していたのは、批判されてもしかたない。
実際、今回の選挙結果をうけて、さっそくオバマに宛に行動を促す署名が集められている。経済危機、健康保険改革、戦争…多くの問題を抱えるオバマ政権にとって同性婚は確かに一つの“小さな問題”にすぎないかもしれない。だが、私はオバマがセクシャル・マイノリティの権利を忘れてほしくないし、常にそれをリマインドし続けるのがアクティビストの仕事だと思う。この“小さな問題”はオバマにとって鬼っ子であり、下手に足をつっこむと一気に攻撃されるし、何もしなくても攻撃されるやっかいなものなのは理解している。今回の選挙では、共和党が善戦し、オバマ政権は今後苦労が予想されるが、なんとか頑張ってほしい。
■アメリカ人の反応
全てではないが、今回の投票結果をうけて、メイン州を「意地悪」だと言ってみたり、「メイン州最悪」といってみたり、宗教右派を「頭の固い狂信者」と呼んだりしている人がネット上で目立った。(有名ブログや大きいメディアなどではなく、ついったーSNSなどでの一般人の生の声)
「No on hate(憎悪にノー:同性婚賛成派がしばしば掲げるスローガン)」をスローガンとするのであれば、自分たちと意見を異にする人々に対して「haters!」「bigots!」と罵倒を投げかけることは、まさしくそのスローガンと矛盾する行為であり、見ていて見苦しい。
こーゆーのがアメリカ人の芸風かもしれないが、私としてはこういう態度に違和感を覚えるし、何の解決にもならないと思う。
確かに、住民投票にむけて活発に働いたのは宗教右派であったし、実際選挙は多くの教育のお金によって支えられた。しかし、それでも各地で行なわれる住民投票では常に過半数の人々が同性婚に「ノー」と言っている。この事実とどう向き合い、そしてそれをどう受け止めるかが重要だと思う。実際同性婚に反対している人の理由は様々であり、彼ら全てが「hater(憎しみを持つ者)」「bigot(偏屈者、頑固者、狂信者)」ではないのだから、そう決めつけてアプローチすることは人々の心を変えるのに役に立たないだろう。
■今後どうすればいいのか
これまで通り、コツコツと理解を深める活動(身近な人へのカムアウトや個人的な体験談の共有、地域での教育的活動、更には政治家への働きかけ、ポップカルチャー、アート、セレブリティを利用とした感情的働きかけ…など)が重要なことに変わりはない。個人的にもそういう活動は続けるだろう。オバマ大統領やオプラ・ウィンフリーなど、「ゲイフレンドリーだが、現在はゲイリブに積極的でない影響力の強い人々」がもっと積極的に動けば、人々の心も大きく変わるだろう。
…といっても、私はもはや社会の多数派の心を一人一人変えていって投票で守ってもらおうということにはあまり期待していない。前半に書いたように、住民投票で少数派の権利が守られるということ自体ほぼないと思うし、同性婚に関して言えば、将来的にそれは不可能ではないとは思うが、あえてそれを狙っていくのは妙な戦略だと思う。
ある種のマイノリティは、どう頑張っても絶対にマジョリティにはなれないし、過半数の支持も得られないだろう。そして、たとえそうだとしても、その時にそのマイノリティの権利を保障する「仕組み」が必要なのであり、それこそ私たちが求めるべきものだと思うからだ。
結局これは「人権」の問題であり、「法の下の平等」についての話なのだ、ということをロジックで理解させるしかない。それを社会の仕組みを作っている一部の人間に理解させることが必要。具体的には、司法が大きな役割を果たすだろう。黒人公民権運動において、裁判が大きな役割を果たしたように。
2009年11月04日 09:12
グラフィティは多くの都市において犯罪であり、逮捕されることもある。

通常はグラフィティ禁止のエリアに描かれたBanksyのグラフィティが、住民投票によって保存されることが決定したが、その後、他のタガー(グラフィティ・ライター)がBanksyのグラフィティの上に落書きをしてしまったというニュースを今日読んだ。(参考記事)


この件を皆さんはどう思うだろうか。
「せっかくのBanksyのアートを、落書きで汚しやがって!もったいない!」?
うん。気持ちはわかる。もったいない。つか残念。ライターたちが仮にもアーティストであるなら、Banksyの作品に対して敬意を払うべきだったというのはわからないでもない。結果的に美観的にはアレだし、センスが悪いと思う。が、私はどこかで、「はは!やるならもっとやれよ!」って思っちゃった。どうせならもっとカッコいいコラボレーションとかにしてほしかったけど。だが、そのうえで、なんとなく「ざまぁ!」というか、小気味よいものを感じた。
というのは、私は、Banksyに上書きしたタガーたちの行動よりも、Banksyが有名になったから、オーケー、じゃあうちらはBanksy大先生のグラフィティを保存します、あわよくば観光名所にしちゃえ♪みたいな姿勢に対して、より警戒心を覚えるからだ。今回の壁画保存投票は、地域住民によるものであり、決して企業の利益になるものではなかったが、雰囲気としては、2010年オープン予定の渋谷のNIKEパーク、もしくは、2005年にSONYがPSPのために行い、こてんぱんにバッシングされたグラフィティ・マーケティングの気持ち悪さにも通じるかもしれない。今回の件がダイレクトにそうだったとは言わない。が、アンチ・エスタブリッシュメントのムーブメントすらも取り込み、利用しようとする資本主義や権威の動きには唾棄すべきものを覚える。
Banksyの作品は、アンジェリーナ・ジョリーなどのセレブたちに高額で購入されるなど、既に世界的な人気と知名度を獲得している。展覧会が開かれ、美術館のオフィシャルコレクションにも作品が収蔵され、アート界においてエスタブリッシュメントと化していると言っていい。
それ自体が一種の矛盾なのだ。
念のためはっきり言っておくと、私はBanksyかっこいいと思うし超好きだ。尊敬している。Banksyの作品が街から消されないでほしいと思っている。だから基本的にはBanksyの作品を保護するという姿勢には賛成。あと今回のように汚い上書きがされればがっかりする。それは事実。
だが、本来はストリート出身のBanksyのスピリットを理解しようとせずに、「Banksyが描いたから」というので、ありがたがって大枚はたいて彼の作品を買って豪邸のリビングルームに飾り、大富豪のお友達たちとウィスキーのグラス片手に「ほお…なかなか…」と言ったり、他のストリート・アートへの理解はないままに、一般的なグラフィティには眉をひそめて、せっせと消すくせに、Banksyの作品は単にそれがBanksyだからという理由だけでありがたがって保護するというのは、滑稽でしかたない。過去には、ロンドンの落書き対策チームがBanksyの作品を誤って消してしまったという「事件」もあった。「落書き対策チーム」にとってBanksyの作品と落書きとの見分けがつかなかったというのは象徴的であって、それはそもそもBanksyのアートのルーツは「落書き」だから。Banksyがここまでクールな理由の一つは、それがストリートにゲリラ的に描く「落書き」だから。ある意味インスタレーション・アートなのだ。そして、彼のアートに含まれるメッセージは、政治的であり、非常に痛烈な資本主義、エスタブリッシュメントに対する批判。彼のアートの存在自体が、権力に対する抵抗である。

Banksyの作品は、美術館に飾られているからスゴいのではない!
Banksyの作品は、有名だからスゴいわけではない!
Banksyの作品は、何千万円という高額で落札されるからスゴいわけではない!
Banksyはそもそもそれらのエスタブリッシュメントな評価基準に明確に「ノー」と言っているのだから。
Banksyの作品を大枚はたいて買って大層に美術館に飾ったり、Banksyのデザインを使って金儲けをしたり、彼が有名になったからという理由だけで彼のグラフィティを保存しようとするのは(Banksyの作品は普通にクールなので、気持ちは分かるし、その欲望自体は決して否定しないが…)、非常に矛盾をはらんだ行為だということを常に自覚するべきである。その矛盾を意識せず、「世間・美術界・エスタブリッシュメントの評価」に裏打ちされていることを理由に「Banksy大先生」の作品をただありがたがって所有したがったり保存したがるのは単にポン助だとしか言いようがない。

通常はグラフィティ禁止のエリアに描かれたBanksyのグラフィティが、住民投票によって保存されることが決定したが、その後、他のタガー(グラフィティ・ライター)がBanksyのグラフィティの上に落書きをしてしまったというニュースを今日読んだ。(参考記事)


この件を皆さんはどう思うだろうか。
「せっかくのBanksyのアートを、落書きで汚しやがって!もったいない!」?
うん。気持ちはわかる。もったいない。つか残念。ライターたちが仮にもアーティストであるなら、Banksyの作品に対して敬意を払うべきだったというのはわからないでもない。結果的に美観的にはアレだし、センスが悪いと思う。が、私はどこかで、「はは!やるならもっとやれよ!」って思っちゃった。どうせならもっとカッコいいコラボレーションとかにしてほしかったけど。だが、そのうえで、なんとなく「ざまぁ!」というか、小気味よいものを感じた。
というのは、私は、Banksyに上書きしたタガーたちの行動よりも、Banksyが有名になったから、オーケー、じゃあうちらはBanksy大先生のグラフィティを保存します、あわよくば観光名所にしちゃえ♪みたいな姿勢に対して、より警戒心を覚えるからだ。今回の壁画保存投票は、地域住民によるものであり、決して企業の利益になるものではなかったが、雰囲気としては、2010年オープン予定の渋谷のNIKEパーク、もしくは、2005年にSONYがPSPのために行い、こてんぱんにバッシングされたグラフィティ・マーケティングの気持ち悪さにも通じるかもしれない。今回の件がダイレクトにそうだったとは言わない。が、アンチ・エスタブリッシュメントのムーブメントすらも取り込み、利用しようとする資本主義や権威の動きには唾棄すべきものを覚える。
Banksyの作品は、アンジェリーナ・ジョリーなどのセレブたちに高額で購入されるなど、既に世界的な人気と知名度を獲得している。展覧会が開かれ、美術館のオフィシャルコレクションにも作品が収蔵され、アート界においてエスタブリッシュメントと化していると言っていい。
それ自体が一種の矛盾なのだ。
念のためはっきり言っておくと、私はBanksyかっこいいと思うし超好きだ。尊敬している。Banksyの作品が街から消されないでほしいと思っている。だから基本的にはBanksyの作品を保護するという姿勢には賛成。あと今回のように汚い上書きがされればがっかりする。それは事実。
だが、本来はストリート出身のBanksyのスピリットを理解しようとせずに、「Banksyが描いたから」というので、ありがたがって大枚はたいて彼の作品を買って豪邸のリビングルームに飾り、大富豪のお友達たちとウィスキーのグラス片手に「ほお…なかなか…」と言ったり、他のストリート・アートへの理解はないままに、一般的なグラフィティには眉をひそめて、せっせと消すくせに、Banksyの作品は単にそれがBanksyだからという理由だけでありがたがって保護するというのは、滑稽でしかたない。過去には、ロンドンの落書き対策チームがBanksyの作品を誤って消してしまったという「事件」もあった。「落書き対策チーム」にとってBanksyの作品と落書きとの見分けがつかなかったというのは象徴的であって、それはそもそもBanksyのアートのルーツは「落書き」だから。Banksyがここまでクールな理由の一つは、それがストリートにゲリラ的に描く「落書き」だから。ある意味インスタレーション・アートなのだ。そして、彼のアートに含まれるメッセージは、政治的であり、非常に痛烈な資本主義、エスタブリッシュメントに対する批判。彼のアートの存在自体が、権力に対する抵抗である。

Banksyの作品は、美術館に飾られているからスゴいのではない!
Banksyの作品は、有名だからスゴいわけではない!
Banksyの作品は、何千万円という高額で落札されるからスゴいわけではない!
Banksyはそもそもそれらのエスタブリッシュメントな評価基準に明確に「ノー」と言っているのだから。
Banksyの作品を大枚はたいて買って大層に美術館に飾ったり、Banksyのデザインを使って金儲けをしたり、彼が有名になったからという理由だけで彼のグラフィティを保存しようとするのは(Banksyの作品は普通にクールなので、気持ちは分かるし、その欲望自体は決して否定しないが…)、非常に矛盾をはらんだ行為だということを常に自覚するべきである。その矛盾を意識せず、「世間・美術界・エスタブリッシュメントの評価」に裏打ちされていることを理由に「Banksy大先生」の作品をただありがたがって所有したがったり保存したがるのは単にポン助だとしか言いようがない。
These galleries are just trophy cabinets for a handful of millionaires. The public never has any real say in what art they see.
-Banksy
2009年11月02日 15:24
たまに、従業員に対して、(ただ指示されることを待つのではなく、)「経営者のように考え、行動する」ことを求める経営者がいる。言いたいことはよくわかる。自分でビジネスを生む従業員でなければ、会社にとってプラスではないからだ。机の前に座ってじっとしているだけで自分の給料がどこかからか生まれてくるなんていう幻想を持っている従業員を雇いたい経営者はいないだろう。
ただ、そのうえで言うが、「経営者のように考え、行動する従業員」なんていうのは、結局経営者のみるいびつな夢…全ての従業員を自営業者として雇いたい(労働組合だの、福利厚生だののめんどうから解放される!)というのにすぎない。
人が「従業員のようにしか考えない」のは、必ずしもその人の能力やモチベーションに問題があるからではなく(←もちろんそういう場合もあるし、大抵の経営者はそう考えたがる)、結局その人がそのビジネスに対して従業員としてのコミットしかしていないからである。誰しも自分のビジネスに対しては「経営者として考え、行動する」し、他人のビジネスに対しては「従業員として考え、行動する」。それは当然のことだから、それに対して文句を言うのは筋違いだ。
経営者の文句が「従業員のスキルの低さ」と「従業員が従業員としてしか考え行動しない」ことを混同しているように聞こえることがあるのよね。…社員のスキルが低いというなら、トレーニングすることを考えなきゃいけないし、社員の定着率が低いなら、待遇や福利厚生を考えて残ってもらうことを考えなきゃいけない。なんであんたらの雇用を創出するために、自分がここまで身を粉にしてやんなきゃならんのか?という経営者の気持ちは確かにわからないでもないが、経営者は経営者としての特権を手にしている以上、それに対するトレードオフは甘受すべき。ましてや有給や残業手当などの権利の行使に文句を言うのはとんでもない。従業員は確かに9時5時でしかものを考えないかもしれないが、経営者が24時間仕事のことを考えるのは自分のビジネスなのだから、当然でしょう。(従業員も自分のビジネスに対しては24時間態勢で望むだろう)それを、従業員個人個人の能力やモチベーションの問題であるかのように話すのは何か違和感を覚える。
従業員は経営者のビジネスについては経営者としての立場にはいないのだから、彼らがそのビジネスについては「従業員のように」考えるのを当然としたうえで、どう手を打つか考えるのが経営者の仕事ではないでしょうか。
ただ、そのうえで言うが、「経営者のように考え、行動する従業員」なんていうのは、結局経営者のみるいびつな夢…全ての従業員を自営業者として雇いたい(労働組合だの、福利厚生だののめんどうから解放される!)というのにすぎない。
人が「従業員のようにしか考えない」のは、必ずしもその人の能力やモチベーションに問題があるからではなく(←もちろんそういう場合もあるし、大抵の経営者はそう考えたがる)、結局その人がそのビジネスに対して従業員としてのコミットしかしていないからである。誰しも自分のビジネスに対しては「経営者として考え、行動する」し、他人のビジネスに対しては「従業員として考え、行動する」。それは当然のことだから、それに対して文句を言うのは筋違いだ。
経営者の文句が「従業員のスキルの低さ」と「従業員が従業員としてしか考え行動しない」ことを混同しているように聞こえることがあるのよね。…社員のスキルが低いというなら、トレーニングすることを考えなきゃいけないし、社員の定着率が低いなら、待遇や福利厚生を考えて残ってもらうことを考えなきゃいけない。なんであんたらの雇用を創出するために、自分がここまで身を粉にしてやんなきゃならんのか?という経営者の気持ちは確かにわからないでもないが、経営者は経営者としての特権を手にしている以上、それに対するトレードオフは甘受すべき。ましてや有給や残業手当などの権利の行使に文句を言うのはとんでもない。従業員は確かに9時5時でしかものを考えないかもしれないが、経営者が24時間仕事のことを考えるのは自分のビジネスなのだから、当然でしょう。(従業員も自分のビジネスに対しては24時間態勢で望むだろう)それを、従業員個人個人の能力やモチベーションの問題であるかのように話すのは何か違和感を覚える。
従業員は経営者のビジネスについては経営者としての立場にはいないのだから、彼らがそのビジネスについては「従業員のように」考えるのを当然としたうえで、どう手を打つか考えるのが経営者の仕事ではないでしょうか。
2009年10月31日 09:28
終了!
本日のテーマは
「変身」 変装、コスプレ、女装、男装、ドレスアップ…etcでした!
コメント下さったみなさん、スカイプしてくださったちかさんありがとう!
ちかさんの写真
http://twitpic.com/jbtjp
可愛いよ〜!
また来週★
本日のテーマは
「変身」 変装、コスプレ、女装、男装、ドレスアップ…etcでした!
コメント下さったみなさん、スカイプしてくださったちかさんありがとう!
ちかさんの写真
http://twitpic.com/jbtjp
可愛いよ〜!
また来週★
2009年10月29日 12:42
早稲田のパフスペースにて、「パフ★シネマ」という映画祭が開かれるそうです。
トークつきで、一律1200円だそうです。お近くの方は是非!
★ ★ ★
【10〜11月の上映予定】
★10月31日(土)16:00 映像で振り返るイトー・ターリの足跡
『Dear Tari〜セクシュアリティーを問いつづけるパフォーマー イトー・ターリの記録 』
(監督:山上千恵子 2000年/42分)
■上映後トーク:イトー・ターリさん、山上千恵子監督
詳細→http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=46599590&comm_id=4566831
★11月3日(祝)16:00 ウィメンズ・アート・ネットワーク特集
『♀RoTiCiSm(エロティーズム)』
(監督:リム デズリ 2001年/8分)
『越境する女たち 〜ビデオドキュメント〜』
(監督:リム デズリ 2001年/85分)
■上映後トーク:イトー・ターリさん、北原みのりさん(LOVE PIECE CLUB)、高橋フミコさん
詳細→http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=46776600&comm_id=4566831
★11月14日(土)19:00 リム・デズリ監督特集上映PART1
『Dyke:Just Be It』(1999/2分/日本)
『え?ビアン?』(2006/1分/日本)
『使い捨てレズ』(2000/6分/日本)
『父さん、母さん、わたしは・・・』(2004/1分/カナダ)
『ラベルは?』 (2005/1分/カナダ)
『バブルティー物語』(2003/17分/カナダ)
『恋人はバンパイア』(2005/34分/カナダ)
■上映後トーク:マーガレットさん(ドラァグ・クイーン)、リム・デズリ監督
詳細→http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=46600253&comm_id=4566831
★11月23日(祝)16:00 同性カップルと家族、暮らし
『一緒ネ!』
(監督:名執たいすけ 2006年/42分)
■上映後トーク:石坂わたるさん、赤杉康伸さん、石坂モモさん、名執たいすけ監督
詳細→http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=46651903&comm_id=4566831
●主催者
浜田幹子(パフスペース管理人)
akaboshi(映像作家/パフナイトスタッフ/ブログ「フツーに生きてるGAYの日常」管理人)
mixi「パフ★シネマ」コミュニティ
(最新情報はこちらでチェック。上映作品リクエストも受け付けています。)
http://mixi.jp/view_community.pl?id=4566831
パフ★シネマ公式サイト
http://pafcinema.blog61.fc2.com/
トークつきで、一律1200円だそうです。お近くの方は是非!
★ ★ ★
【10〜11月の上映予定】
★10月31日(土)16:00 映像で振り返るイトー・ターリの足跡
『Dear Tari〜セクシュアリティーを問いつづけるパフォーマー イトー・ターリの記録 』
(監督:山上千恵子 2000年/42分)
■上映後トーク:イトー・ターリさん、山上千恵子監督
詳細→http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=46599590&comm_id=4566831
★11月3日(祝)16:00 ウィメンズ・アート・ネットワーク特集
『♀RoTiCiSm(エロティーズム)』
(監督:リム デズリ 2001年/8分)
『越境する女たち 〜ビデオドキュメント〜』
(監督:リム デズリ 2001年/85分)
■上映後トーク:イトー・ターリさん、北原みのりさん(LOVE PIECE CLUB)、高橋フミコさん
詳細→http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=46776600&comm_id=4566831
★11月14日(土)19:00 リム・デズリ監督特集上映PART1
『Dyke:Just Be It』(1999/2分/日本)
『え?ビアン?』(2006/1分/日本)
『使い捨てレズ』(2000/6分/日本)
『父さん、母さん、わたしは・・・』(2004/1分/カナダ)
『ラベルは?』 (2005/1分/カナダ)
『バブルティー物語』(2003/17分/カナダ)
『恋人はバンパイア』(2005/34分/カナダ)
■上映後トーク:マーガレットさん(ドラァグ・クイーン)、リム・デズリ監督
詳細→http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=46600253&comm_id=4566831
★11月23日(祝)16:00 同性カップルと家族、暮らし
『一緒ネ!』
(監督:名執たいすけ 2006年/42分)
■上映後トーク:石坂わたるさん、赤杉康伸さん、石坂モモさん、名執たいすけ監督
詳細→http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=46651903&comm_id=4566831
●主催者
浜田幹子(パフスペース管理人)
akaboshi(映像作家/パフナイトスタッフ/ブログ「フツーに生きてるGAYの日常」管理人)
mixi「パフ★シネマ」コミュニティ
(最新情報はこちらでチェック。上映作品リクエストも受け付けています。)
http://mixi.jp/view_community.pl?id=4566831
パフ★シネマ公式サイト
http://pafcinema.blog61.fc2.com/
2009年10月29日 00:50
みなさん、こんにちは!
神奈川県にある東洋英和女学院大学で今年から活動をしている、
多様な性とジェンダーを考えるサークル「かえでの虹」です!
10月31日(土)に、私たちは4人のゲストをお招きしてシンポジウムを催します!
ゲストは、、、
日本で初めて性同一性障害者であることを公表の上で選挙に立候補し当選を果たした、上川あやさんや「3年B組金八先生」で上戸彩が演じた性同一性障害者の生徒モデルになった虎井まさ衛さん、そして、レズビアンとバイセクシャルの女性のためのコミュニティLOUDの代表の大江千束さんと副代表の小川葉子さんにお出でいただきます!
初めての企画ですので、是非とも成功させたいと考えております!
皆様のお誘いあわせの上ご参加くださいませ。
詳細は以下の通りです。
『みんな虹の下〜レズビアンと性同一性障害者が語る〜』
【日時】
10月31日(土)13:00〜14:30
※当日は、本校の学院祭となっております。
公演終了後、1時間程度参加者同士の交流を行います。
お飲物もご用意いたしますので、お時間のある方はお気軽にご参加ください。
※予約不要、入場無料
【場所】
東洋英和女学院大学、5号館(5102)
(大学へは田園都市線青葉台駅、横浜線十日市場駅よりバスをご利用いただけます。詳しくは本校のHPをご覧ください。)
【内容】
セクシャルマイノリティとはLGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダー)などの性的少数者を指します。
「男女」という枠組みが強い社会において自分らしく生きにくい状況に直面することもある中、ゲストたちはどのような生活を送ってきたのでしょうか。
「学校・恋愛・社会」に焦点を当てて語っていただきます。
【主催】
東洋英和女学院大学
多様な性とジェンダーを考える「かえでの虹」
【問い合わせ】
メールアドレス:kaedeno_niji@yahoo.co.jp
かえでの虹HP:http://kaedenoniji.michikusa.jp/(携帯対応)
東洋英和女学院大学HP:http://www.toyoeiwa.ac.jp/daigaku/index.html
頑張れ!かえでの虹!
神奈川県にある東洋英和女学院大学で今年から活動をしている、
多様な性とジェンダーを考えるサークル「かえでの虹」です!
10月31日(土)に、私たちは4人のゲストをお招きしてシンポジウムを催します!
ゲストは、、、
日本で初めて性同一性障害者であることを公表の上で選挙に立候補し当選を果たした、上川あやさんや「3年B組金八先生」で上戸彩が演じた性同一性障害者の生徒モデルになった虎井まさ衛さん、そして、レズビアンとバイセクシャルの女性のためのコミュニティLOUDの代表の大江千束さんと副代表の小川葉子さんにお出でいただきます!
初めての企画ですので、是非とも成功させたいと考えております!
皆様のお誘いあわせの上ご参加くださいませ。
詳細は以下の通りです。
『みんな虹の下〜レズビアンと性同一性障害者が語る〜』
【日時】
10月31日(土)13:00〜14:30
※当日は、本校の学院祭となっております。
公演終了後、1時間程度参加者同士の交流を行います。
お飲物もご用意いたしますので、お時間のある方はお気軽にご参加ください。
※予約不要、入場無料
【場所】
東洋英和女学院大学、5号館(5102)
(大学へは田園都市線青葉台駅、横浜線十日市場駅よりバスをご利用いただけます。詳しくは本校のHPをご覧ください。)
【内容】
セクシャルマイノリティとはLGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシャル、トランスジェンダー)などの性的少数者を指します。
「男女」という枠組みが強い社会において自分らしく生きにくい状況に直面することもある中、ゲストたちはどのような生活を送ってきたのでしょうか。
「学校・恋愛・社会」に焦点を当てて語っていただきます。
【主催】
東洋英和女学院大学
多様な性とジェンダーを考える「かえでの虹」
【問い合わせ】
メールアドレス:kaedeno_niji@yahoo.co.jp
かえでの虹HP:http://kaedenoniji.michikusa.jp/(携帯対応)
東洋英和女学院大学HP:http://www.toyoeiwa.ac.jp/daigaku/index.html
頑張れ!かえでの虹!
2009年10月27日 08:52
まずは前回のエントリのおさらいから。
前回は、全ての動画に字幕をつけてくれ!(聞き取りできない人でも、読めばわかる人がいるから)という趣旨のものでしたが、一見それと逆ベクトルの話に聴こえるかもしれないが、決して矛盾するものではなく、両方実感していることなのでセットで書きます。
それは
文章より動画にすることで(or音声を付加することで)、伝わり方がぐっと違うよね。
ってことなんです。
つまり、前回は「音声や動画だけでは不十分なので、テキストデータを付与してくれ!」ってことでしたが、今回は「テキストだけだと分かりづらいけど、音声や動画を入れることによってすごく分かりやすくなる時もあるよね」ってこと。
これも、やはり第二言語で生活して初めて痛感したことなのだが…。
私は結構、文章を読み書きするのが好きで、文章の力というのを非常に信じていた。だが、それが「外国語で」となると、簡単なことでも文章だけで理解するのが非常に難しく、「…で結局、この人は何がいいたいの?結局選択肢はいくつあるの?」的な、大局的な理解などを文章だけでするのに非常な不便を感じることに気づいた。
そんな時は、リアルな友達に電話して「結局あの問題ってなんで揉めてんの?」とか口頭で説明してもらうことによって、自分の理解を深めたり、混乱を整理したりしている。また私はラジオをよく聴くのだが、ラジオは大抵話し言葉で対話形式でトピックを取り上げるので、それは非常に分かりやすい。新聞の一つの記事を読みきることは、自分にとってはキツいのだが、同じことでも、ラジオで解説されてると、「ふむふむ」ってな形でするすると頭に入ってきやすいことに驚愕したのです。
(それこそ、文章を読み上げてくれるだけでも、場合によっては、文章より頭に入ってきやすい。もちろん、…前回のエントリの繰り返しになるが…そのラジオの内容が全て文字おこしされててウェブで読めると、不明確だったところを確かめられるので最高!なのです)
なので、何が言いたいかっつーと、そういう「文字」以外のやり方で頭に入れさせるというのはすごい威力があるんだなーっていうのを、今痛感している、ということなのです。
小林よしのりのマンガとか、マイケル・ムーアの映画とかはそれをうまく利用していると思うし(二人の方向性は違うけど方法論としては似てる)、IKEAの組み立て説明書とかがその究極形。あれはまったく言葉を使わずに「イラスト」で完全に伝えてるでしょ。
あーいう「図解でわかる!」とか「マンガでわかる」とか「ビデオで簡単!」とか、そういうサポートを私は日本語ではあんまり必要としてなくて、「いやいや、普通に文章で言ってくださればわかります!」って思ってたんだけど、意外に「文章読むのが面倒くさい」…もっというと、「文章が読めない」っていう層もまた結構いるのかな…って、気づいて、そういう層にリーチするためには、イラストや動画や音声を使ったマルチメディア(死後)的なアプローチが非常に重要になってくるんじゃないかなと思った。
例えば、言葉で「ゲイであることは、僕の全てではない」と読むのと、
Youtubeでこのビデオを観るのとでは、
インパクトとか、伝わるものとかがまた全然違うと思うんだ。
あと、「靖国神社はうんぬんかんぬん」と文字読むのと、
「靖国ジャズ」を聴くのとでも、全然違うだろうし。
↑てかこれ、もっと激しくアレンジして椎名林檎風にかっこよく歌ったら超ウケるのではと思う。
こうやって、エモーショナルで分かりやすい部分から入ってくるのが、常によいかというと、それはまた別の話だが、そういうアプローチが、「文章だけでは届かなかったところに届いて行く」ことは否定できない。だから、こう…私がよく文章で主張している内容とかも、それを、「文章以外の方法で」やったら、また違った層に違った形で届いて行くのかな〜とか最近よく考えている。…っていうことをまた文章で書いてるあたりがアレなんだがな。
ま、私が今年からやってるインターネットラジオはその試みの一貫と言えるかな…。ラジオ以外にも、マンガとか動画とか音楽とか…私1人ではできないし、まあここらへん役割分担というか人それぞれ得意分野があるので、私がすべてをやる必要は全然ないんだけどさ。自分自身、いろいろな工夫をしていきたいし、いろいろな人の試みを紹介していけたら、って思っている。誰かなんか面白いこと思いついたら一緒にやろーぜい!
前回は、全ての動画に字幕をつけてくれ!(聞き取りできない人でも、読めばわかる人がいるから)という趣旨のものでしたが、一見それと逆ベクトルの話に聴こえるかもしれないが、決して矛盾するものではなく、両方実感していることなのでセットで書きます。
それは
文章より動画にすることで(or音声を付加することで)、伝わり方がぐっと違うよね。
ってことなんです。
つまり、前回は「音声や動画だけでは不十分なので、テキストデータを付与してくれ!」ってことでしたが、今回は「テキストだけだと分かりづらいけど、音声や動画を入れることによってすごく分かりやすくなる時もあるよね」ってこと。
これも、やはり第二言語で生活して初めて痛感したことなのだが…。
私は結構、文章を読み書きするのが好きで、文章の力というのを非常に信じていた。だが、それが「外国語で」となると、簡単なことでも文章だけで理解するのが非常に難しく、「…で結局、この人は何がいいたいの?結局選択肢はいくつあるの?」的な、大局的な理解などを文章だけでするのに非常な不便を感じることに気づいた。
そんな時は、リアルな友達に電話して「結局あの問題ってなんで揉めてんの?」とか口頭で説明してもらうことによって、自分の理解を深めたり、混乱を整理したりしている。また私はラジオをよく聴くのだが、ラジオは大抵話し言葉で対話形式でトピックを取り上げるので、それは非常に分かりやすい。新聞の一つの記事を読みきることは、自分にとってはキツいのだが、同じことでも、ラジオで解説されてると、「ふむふむ」ってな形でするすると頭に入ってきやすいことに驚愕したのです。
(それこそ、文章を読み上げてくれるだけでも、場合によっては、文章より頭に入ってきやすい。もちろん、…前回のエントリの繰り返しになるが…そのラジオの内容が全て文字おこしされててウェブで読めると、不明確だったところを確かめられるので最高!なのです)
なので、何が言いたいかっつーと、そういう「文字」以外のやり方で頭に入れさせるというのはすごい威力があるんだなーっていうのを、今痛感している、ということなのです。
小林よしのりのマンガとか、マイケル・ムーアの映画とかはそれをうまく利用していると思うし(二人の方向性は違うけど方法論としては似てる)、IKEAの組み立て説明書とかがその究極形。あれはまったく言葉を使わずに「イラスト」で完全に伝えてるでしょ。
あーいう「図解でわかる!」とか「マンガでわかる」とか「ビデオで簡単!」とか、そういうサポートを私は日本語ではあんまり必要としてなくて、「いやいや、普通に文章で言ってくださればわかります!」って思ってたんだけど、意外に「文章読むのが面倒くさい」…もっというと、「文章が読めない」っていう層もまた結構いるのかな…って、気づいて、そういう層にリーチするためには、イラストや動画や音声を使ったマルチメディア(死後)的なアプローチが非常に重要になってくるんじゃないかなと思った。
例えば、言葉で「ゲイであることは、僕の全てではない」と読むのと、
Youtubeでこのビデオを観るのとでは、
インパクトとか、伝わるものとかがまた全然違うと思うんだ。
あと、「靖国神社はうんぬんかんぬん」と文字読むのと、
「靖国ジャズ」を聴くのとでも、全然違うだろうし。
↑てかこれ、もっと激しくアレンジして椎名林檎風にかっこよく歌ったら超ウケるのではと思う。
こうやって、エモーショナルで分かりやすい部分から入ってくるのが、常によいかというと、それはまた別の話だが、そういうアプローチが、「文章だけでは届かなかったところに届いて行く」ことは否定できない。だから、こう…私がよく文章で主張している内容とかも、それを、「文章以外の方法で」やったら、また違った層に違った形で届いて行くのかな〜とか最近よく考えている。…っていうことをまた文章で書いてるあたりがアレなんだがな。
ま、私が今年からやってるインターネットラジオはその試みの一貫と言えるかな…。ラジオ以外にも、マンガとか動画とか音楽とか…私1人ではできないし、まあここらへん役割分担というか人それぞれ得意分野があるので、私がすべてをやる必要は全然ないんだけどさ。自分自身、いろいろな工夫をしていきたいし、いろいろな人の試みを紹介していけたら、って思っている。誰かなんか面白いこと思いついたら一緒にやろーぜい!





















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